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アイコン 「精霊の守り人」上橋 菜穂子

 

9784035401506「精霊の守り人」(守り人シリーズ : 1)

上橋 菜穂子 : 著 , 二木 真希子 : 絵

偕成社 , 328p. , 1996年

ISBN : 9784035401506

 


 

今年の成人式は、東京から北では数年ぶりの大雪の日になりました。

それでも少しずつ確実に日差しは長くなっていて、梅のつぼみも膨らみ始めて、

一年で一番寒い時季の中にも、段々春が近付いてきていることが分かります。

 
今回紹介するのは、目覚めの春を転機に物語が大きく動く一冊です。

 


 
用心棒の仕事をしながらいくつもの国を渡り歩いてきたバルサは、ひょんなことから

川に落ちた第二皇子チャグムを助けます。そしてその縁が元で、父帝と異界の魔物の

双方から命を狙われているチャグムを守って、長い長い旅をすることになります。

 
主人公のバルサは、三十歳の凄腕女用心棒。短槍を武器に腕一本で生きてきた人です。

油気のない黒髪はひとつに括られ、あごはがっしり。化粧っけなく、よく日に焼けた顔には

小じわも見える。黒い目は眼光鋭く、やや無愛想で、黙っているとかなりの強面――。

 
15年ほど前に最初にこの本を読んだとき、まずこの主人公像に驚きました。

児童書でも大人が主人公の本は意外と多いのですが、それにしても三十代の女用心棒

(しかも地味な顔立ちでものすごく強く、性格も漢前!)という位置付けは、初めてで。

最初の一ページ目でもう、「これは面白い物語に出会えたなぁ」と、わくわくしました。

 
何しろ、主人公が本の中で相方に「おてんばバァさん」呼びされるキャラクター造形です。

( 自身も三十を過ぎた今こうして書くと、「三十歳で『バァさん』なんて、失礼しちゃうわ」と

若干ムムッとしますが、とてもほのぼのとした場面での台詞なので、読んでいる時は全然

気にならず……それどころか言葉の底にある親愛に、ついつい笑顔になってしまいます。)

 
凄腕の短槍使いであるバルサの戦いのシーンでは手に汗握り、

曲者呪術師トロガイや、穏やかな薬草師タンダの何気ない一言にハッとし、

『守られるばかりの皇子さま』だったチャグムの成長振りには、しばしば目を瞠ります。

 
けれど私が一番惹かれたのは、あくまでも『生身の人間』であるバルサのしたたかで

しなやかな生き様と、タンダの穏やかで温かな人柄や、きめ細かく丁寧な仕事ぶりと、

物語の要所要所で登場する、見たことも聞いたこともないのにものすごーく美味しそうな、

(ページの間から匂いまで伝わってきそうな…!)この世界の料理の数々でした。

 
個人的に、食べ物が美味しそうに描かれている作品には名作が多いと思っていますが、

今回も然り。

できたてほっかほかのノギ屋の弁当も、絶妙のタイミングで茸を入れたタンダの山菜鍋も、

逐一極上だとわかる二ノ宮で出されたもてなし料理も…もう、つくづく美味しそうなのです。

 
(そう思っていたのは私だけではなかったようで、物語完結の翌々年(2009年)には

『バルサの食卓』としてレシピ本が刊行されました。)

 


 
作者の上橋さんは、文化人類学者さん。アボリジニの研究をしている大学の先生です。

異文化を長年研究されている方だからでしょうか、バルサたちの住む世界は度量衡も

暦の単位も異なる完全な別世界なのに、不思議なくらい違和感なく入り込める。

まさに、「地に足の着いた異世界ファンタジー」と呼ぶのがしっくりきます。

 

イラストを担当しておられる二木さんは、スタジオジブリの原画描きさん。

ページから抜け出してきそうな生き生きとした登場人物の挿絵には想像力を刺激されるし、

ヨーロッパ風でもアジア風でもない『守り人』独自の世界を絵でも表現しておられるのには、

流石だなぁと惚れ惚れします。

 
(後に刊行された2冊の番外編、チャグムが主役の『旅人シリーズ』は佐竹美保さんですが、

佐竹さんは『魔女の宅急便』の挿絵も担当された方。こちらも流石に魅力的でした。)

 
最終三巻の予想時期と『ゲド戦記』の制作時期が重なった時には、絵が変わってしまうのかと

ハラハラしましたが、二木さんのスケジュールの空きを待って、ちゃんと彼女の挿絵で

刊行され最終巻まで読むことが出来て、とても嬉しかったのを覚えています。

 


 
この『精霊の守り人』は、2009年の完結編まで11年かけて綴られた、現代日本児童文学の

ファンタジーの中でもトップクラスの人気とクオリティを誇る、『守り人シリーズ』の初巻です。

 
とはいえ、刊行当時はまだ作者の上橋さんもこんな大長編になるとは予想外だったそうで、

この『精霊の守り人』は、偕成社の読みきりファンタジーシリーズ「偕成社ワンダーランド」の

15番目として刊行されています。(余談ですがこの「偕成社ワンダーランド」シリーズ、

執筆陣もなかなかに豪華で、ファンタジーのジャンルも幅広く、面白い本が多いです。)

 
だから、物語はこの一巻のみでもきちんとひとつの終わりを迎え、まとまっています。

『守り人シリーズ』を、巻数の多さゆえに躊躇っておられる方には、

まずこの一巻だけ、お試し気分で読んでみてください。と、言いたいです。

 


 
この本の刊行当時、シリーズ化もまだまだ未定だった1996年の夏。

私は時間を忘れてこのバルサとチャグムの出会いの物語を追いかけていました。

 
そしてこの一巻を読み終えた時、この本に、彼らに会えて良かった。と、思いました。

 
15年以上経っても物語は全然色褪せず、今も新しいファンを獲得しています。

きっと、これからも読み継がれていく作品のひとつになるだろうと、思います。

この面白さを、また別の誰かにも感じてもらえたら――とても、とても嬉しいです。

 


 

Memo

重い単行本が苦手な方には、偕成社から新書サイズの軽装版が。

大人向けには、新潮社から漢字多めに修正された文庫版が、それぞれ出ています。

軽装版 ISBN : 9784037500207 (2006年10月刊)

文庫版 ISBN : 9784101302720 (2007年4月刊)

おまけ : (上橋さんの作品に登場する料理のレシピ集)

上橋菜穂子・チーム北海道「バルサの食卓」新潮文庫 ISBN : 9784101302782

 

備 考

偕成社ワンダーランド : 15

セイレイノモリビト

ウエハシ ナホコ , フタキ マキコ

 


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