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アイコン 「ドローセルマイアーの人形劇場」斉藤 洋

 

9784251066541「ドローセルマイアーの人形劇場」

斉藤 洋 : 作 , 森田 みちよ : 絵

あかね書房 , 147p., 1997年

ISBN-10: 4251066545

ISBN-13: 9784251066541

 


 

今日の一冊は、ドイツの架空のある街の、一人の青年の転職話。

高校教師のエルンストが、人形遣いのドローセルマイアー老人とともに旅を始めた頃の、

少しふしぎな物語です。

 

連休を過ぎて新生活にも馴れ、心身ともに充実している人にも、

春先の怒涛の日々に休む間もなく、少し疲れてしまった人にも、

一人一人に届けたい一冊です。

(※今回の対象年齢は、青少年とほぼすべての大人たち、で。)

 


 

エルンストは、男子校の数学教師。けれど近頃はこの仕事にすこし疲れていました。

うっかり曜日を間違えたある朝、彼はドローセルマイアーと名乗る人形遣いの老人と出会います。

重い筈の鞄を軽々と持ち歩く老人の手伝いで「久しぶりに幼稚園に来たついで」に

軽い気分で見た「ドローセルマイアーの人形劇場」は、エルンストの生活を一変させました。

人形たちは止めようのない強い魅力と引力をもって、彼をぐいぐい引っ張っていきます。

しかも今回は、巻き込まれ流され操られて「そうある」わけではなく、

彼自身がハッキリとした意志を持って人形と劇に恋し、手をとり、歩きながら追いかけていきます。

 


 

ある街での公演を見て「いいお仕事ですね」と声をかける大人たちと、

そしてそれに対するドローセルマイアー老人の静かな答えが、とても印象的です。

このやりとりは、「好きなことを仕事にした人たちと、それ以外の人たち」の関係の縮図のよう。

そして、それに対する著者の一つの回答のようにも思えました。

 

この本のあとがきでも、兄弟編である「アルフレートの時計台」の中でも著者自らが書いているように、

この作品は彼のデビュー作「ルドルフトイッパイアッテナ」より前から考えられていた物語です。

物語の中で男子高校生たちがドイツ語の教授の物まねをするシーンがありますが、

著者である斉藤洋さんがドイツ文学の研究者でもあること(※)を思い出しながらこのシーンを読むと、

エルンストやドローセルマイアーのみでなく、かの教授も斉藤さん自身の分身のように思えてきます。

(※ドイツ文学研究者として、ホフマンの論文も上梓されています。)

 


 

子どもの頃、高校生というのは大人のように見えました。

高校生の頃、30歳の大人は自分とは全然違う世界の住人のように見えました。

…今の私は、それがどちらも正解であり、不正解であることを知っていますが、

中学生・高校生の頃(思春期)というのは、ある意味で一番手に負えない迷いが増える、

一人一人が自分の感情を持て余して迷い戸惑い深みにはまる、頃合なのかもしれません。

 

この本は、「読んでいて嬉しくワクワクするような物語」ではないかもしれません。

数々の謎は謎のまま幕を閉じますし、明るいシーンでさえどこか寂しい印象を受けます。

けれど読み終わった時は不思議とスッキリして、とても「動きたく」なる本です。

 


 

意識無意識両面で、わたしたちは大なり小なり日々何かしら迷いながら暮らしています。

それはもちろん、過去のことや遠い未来のこととは限りません。

次のごはんのことかもしれないし、明日来ていく服のことかもしれない。

大切な誰かを想うことかもしれないし、 何か深遠な哲学的思考によるものかもしれない。

もしかしたら数秒後に、まったく予想外の何かが起きて、深く悩み惑うこともあるかもしれない。

恐らくこれからも、大小さまざまな「迷い」や「悩み」と「選び」を繰り返していくのでしょう。

 

迷った分だけ成長する。…なんて言えないくらいには私も少しだけ年月を重ねてきたけれど、

迷っても自分で決めたことだから、また次を考えられるし、悩めるし、動けるのだと思います。

 

最後にふたつの場面を引用して終わります。

 

だれしも、運命が扉をたたく時というのがあるのだと思う。

そのノックの音に気づかなければ、それはそれでしかたがない。

しかし、気づいていながら、気づかぬふりをすることのほうが多いのではなかろうか。

(中略)

ドローセルマイアーことフリッツ・バウマンは、エルンスト・シュミットに宛てた手紙の中で、こう言う。

「できる力を持っている者でも、やる気になってくれなければ、どうしようもない。」(p.146-p.147)

 

だれだって迷いこんで生まれてくるのだ。(中略)迷いこみ、迷いつづけて、一生を終えるのだ。

それなら、好きな場所で迷っていたほうがいい。 (p.143)

 


 

M e m o

「アルフレートの時計台」斉藤 洋 : 作, 森田 みちよ : 絵

偕成社, 154p., 2011年, ISBN : 978-4-03-643080-2

エルンストが、久しぶりにイェーデシュタットの街に戻ってきた時の、あの街の中の物語。

彼の登場するシーンは短いですが、街は変わりつつそこにあり、時は変わらず流れていて、

懐かしいような、知らない街のような、ホッとするような、何となく寂しいような…でも

それぞれに元気そうで、物語の続きの様子が自然と伝わってくるようで、嬉しかったです。

(イラストが森田さんで、装丁も綺麗に対になっていたのも、とても嬉しかったです。)

※アルフレートと時計台と「彼」については、読み手ごとにハッキリ異なる感想を持ちそうな気がします。

 

備 考

グリーンフィールド

サイトウ ヒロシ , モリタ ミチヨ

ドローセルマイアーノニンギョウゲキジョウ

 


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